庭は、自分のお気に入りの場所であり、家族が集う場所であり、お客様と会話を楽しむスペースだ。庭と聞くと、広くて手入れが大変でハードルが高いというイメージだけれど、小さなコトから生まれる上質さやこだわった思いがあれば、小さくてもいい。
「小さな庭」という癒しの空間をつくることで、庭をもっと身近に感じてもらえるはずだ。
コンテナで育てた旬の花や無造作に生えた雑草、時折差し込む太陽、道を挟むフェンスなどを組み合わせていく。限られたスペースだからこそ魅力的に感じるものがある。
どんな空間でも、今すぐにでも始められるのが「小さな庭」だ。
これからお届けするのは、「小さな庭」にまつわるある家族の物語。
夢や理想が一人ひとり違うように、庭のある暮らしがもたらすものも家族それぞれで違います。
小さな庭と、そこで感じる幸せな時間。家族の風景を覗いてみましょう。
「あなた、起きて。庭に鳥がいるんだけど、何の鳥かな?」
妻が明るい声とともにはずむようにして入ってくる。
大きなプロジェクトが終わったとあって、その打ち上げと称した会はひさしぶりに盛大だった。充実感を感じつつ帰宅し、眠りについたのは朝方になっていた。
どんなに遅く帰った翌朝でも、明るい声で起こしに来るのは妻の素晴らしく優れた才能だと、僕は思う。
「鳥がいるの。」もう一度、歌うように言う。
まだ布団から出たくないとは言えず、しぶしぶベッドを抜け出す。
「おはよう」
「あ、ごめん。いまね。飛んでいっちゃった」
妻が嘘をつくときには、ちょっとだけ目が泳ぐ。
吹き出しそうになるのをこらえて「そっかぁ残念」と小さな庭に目をやる。
小さな庭の小さなテラスに置かれたテーブルに朝食がセッティングしてある。
「ここでごはん食べると素敵ですよ、って、ガーデンデザイナーさんが言ってたのを思い出したの。あ、先に言っておきますが。イケメンだから思い出したんじゃないから」。
やれやれ、まいったなぁ。
1年前に家を建てるとき、実は夢中になったのは僕のほうだった。
「あなたと猫の好きにするといいわ」とのんびりと猫をなでていた妻が最後までどうしても譲らなかったのが「庭がある家」だった。
インターネットのサイトや情報誌を食い入るように見ている妻に今度は僕が呆れる番だった。
「だって、僕らの家、極小住宅だよ。庭っていったって、文字どおり“猫の額”ほどだよ」。
からかっても、理由は言わない。
「あ、わかった。デザイナーがイケメンだったからでしょ」
みるみる妻の目が潤んだ。「ばか!!!」
こんなにこの人は怒ることがあるんだ、と思うような顔で怒鳴ったあと本当に聞こえないくらいの声で妻が言った。
「小さくてもいいの。ああ、ここはわたしたちの居場所だって。そう思いたいの」。
庭がある暮らし。庭で遊んだ記憶。それを彼女は持ち合わせていない。
だからこそ、「幸せの象徴」を強く望んでいたのだった。
気づいてやれなかったことをこのあと僕は幾度も反省し、そしてもう一度、ふたりでガーデンデザインの専門家を訪ねたのだった。
ガーデンデザイナーが提案してくれたのは、リビングの掃き出し窓の外に小さなテラスをつくり、その向こうに夫が言うところの「猫の額」レベルの庭をしつらえるという形だった。
「最初はみなさん、小さすぎないかって思うんですよ。ただ、お手入れを実際にし始めると、半分テラスにして正解だったとおっしゃることが多いんです」
最近テレビでよく見かける俳優によく似た、デザイナーさんはくしゃくしゃっとした笑顔でそう言っていた。
家ができて、そろそろ1年。春夏秋冬、季節を数えるたびにその言葉に深く納得しているわたしがいる。
小さいころからずっと憧れていた庭のある暮らし。
もっと広い庭に憧れていたのは事実だ。
だけど、スタイリストとして働くわたしにとっても、大学で教鞭をとっている夫にとっても、これ以上広い庭は手に余る。
「サイズが小さな分、緑を選ぶことに情熱を傾けよう」
何か不満があると感じた場合にわざと小難しい顔をしながら代替え案を用意してくるところが夫の好ましいところだと思う。
そして私たちはふたりで銅葉のニューサイランとセダムを選び、そしてわたしのたっての希望でハーブを植えることにした。
シルバーリーフのグランドカバーはデザイナーさんからの提案だ。
夫を起こしに行く前に、テラスに朝食を並べる。
手を伸ばせば届く庭から採ったバジルでつくったソースをオムレツに添え、ミントを紅茶に浮かべた。
ふたりと猫が揃う休日は、かけがえのない時間だ。テラスに置いたベンチに腰掛け、おまじないのようにそっとつぶやく。
「この時間が、どうか永遠に続きますように」
くるりと庭を見渡してみる。
気候のいい今のうちにまだ空いている場所に植える木を選びに行きたいなと、そう夫におねだりしてみよう。
そうしてその木に、次の冬までに小さなLEDのライトを飾ろう。
おかえりなさい、と温かく迎えてくれる光を。
考えているうちになんだかウキウキしてきた。
嬉しいことがあった日も、そして悲しいことがあった時も、毎日は続いていく。
平凡で、当たり前で。だからこそ特別で。
わたしにとって小さな庭は、そんなかけがえのない毎日の象徴だ。
小さな庭と、夫と猫。大切なものが手の中にあるって、ホントに奇跡だと思う。そう思った瞬間。
にゃんっと小さな声で鳴いて、猫がひざの上に飛び乗った。
「そろそろ起こしに行きますかにゃ?」
小さな庭にくるりと背を向けてリビングに入る。
かけがえない暮らしを見守るように、ニューサイランの葉が揺れている。
小さな庭の楽しみ方はさまざま。お客様を迎えるために考えたアプローチ部分や、雨の日に家の中から窓越しに見るためのもの。子どもの成長とともに変化させるのもいい。小さければ、メンテナンスにかかる労力を減らせるから、いくつになっても楽しめる。
例えば、玄関のアプローチ部分は、季節ごとに旬の花をコンテナで育て華やかに演出し、太陽の日差しが時折差し込む薄暗い通路には、オルラヤの白い花を植えてヴィンテージ感を。そんなふうにテーマを変えるのもいい。小さな庭の間に道を挟めば、会話だって楽しめる。土の無いベランダや階段のスペースでも、コンテナやラティスなどを用いるなど、アイデア次第でどんな空間も「小さな庭」へと変わるのだ。