梶浦:根付であっても、庭であっても、同じ。まさしくそうだと思います。私自身は感性を磨くために、美術館に行ったり、江戸時代の本を読んだりしていますね。それからこれからやったほうがいいと言われているのが、お茶や俳句です。日本の文化は日本人ならではの感性によって育まれてきたものです。世界観をつくりあげるという意味では、お庭にも通じるものがある。物語を凝縮させた作品づくりにおいては、感性を磨き続けることがとても大切なのだと強く感じています。
江戸時代から伝わる伝統工芸品「伊勢根付」。根付とは着物を着る際に、巾着や印籠などの紐に取り付けて帯で挟むことで落ちてしまうのを防ぐ留め具として生まれたもので、年代を追うごとに粋な細工を施すのがお洒落となっていきました。一つひとつの作品は、精巧で緻密な職人の技の結晶。今回は、その伊勢根付の職人の世界に飛び込んだ梶浦明日香氏と師匠である中川忠峰氏に、まさに日本の伝統工芸ともいえる伊勢根付に宿る技術と感性、その細密な世界観を庭に置き換えてのお話などを、お聞きしました。
伊勢根付が持つ魅力。
一つひとつに込められた物語
梶浦:根付は、一つひとつの作品に意味が込められているのが魅力。装飾品としての美しさはもちろんのこと、日本人が大切にしてきた粋な遊び心が隠されているんです。職人の遊び心が施されていて、長く持っていて初めて「こんな細工が?」と気づくようなものも。根付は身に付けて楽しむものですから、年々色が変化していきます。摩耗してちょっと飴色になった状態を根付用語で「なれ」と言い、たくさん触ってもらうことで価値が増すともいいます。こんなふうに触れる美術工芸品ってあまりないですよね。初めて根付を知った時に、そのことに強く惹かれました。そして、作る職人によって作品の風合いが異なるのも特徴。師匠の作る根付は、表情があったかいというか、かわいらしいというか…人柄が出ているんです。
中川:細かい装飾を施すのは、単に技術を誇っているというわけではありません。根付の文化は知れば知るほど、面白くなるんですよ。代表的なものとして「カエル」と「ネズミ」があります。カエルは、お伊勢参りから無事に帰るという意味が込められています。一方のネズミは、大黒様の使いと言われていて、縁起ものとして使われることが多いです。その他、十二支や七福神など。自分の干支を持っている人もいますね。そうやって愛好してもらうためには、技術だけでなく遊び心、粋な発想が大切なんです。
色褪せることのない
文化を受け継ぐ大切さ
梶浦:伊勢根付だけでなく全ての伝統工芸で後継者不足が問題になっています。前職はアナウンサーでしたが、当時から当事者である職人自信が自ら発信することが後継者につながることだと思っていて……。ある時「"誰かがやらなくてはいけない"と思っていただけでも何も変わらない。だったら自分がやろう」と思い伝統工芸の世界に飛び込むことにしました。伝統工芸品のなかでも伊勢根付は、使っていけば使っていくほど価値が増す。そして職人自身も一生成長できる。そこに魅力を感じましたね。それから、師匠のところにみんなが遊びにくるんですよ。そのときにお裾分けされたり、逆にお土産に持たせたり。日本人が昔から大切にしてきた考え方を受け継いだ、そんな暮らし方や生き方が素敵だと憧れたところも大きかったんです。
中川:作品づくりでも暮らしでも、消費されるのではなく、受け継ぐことを大切にしていますね。伊勢根付は原材料には「朝熊黄楊(あさまつげ)」を使用します。これは硬く粘りがあり刃物に優しい。材料は、年に数回山に入って木を切り、枝を持って帰るところから始まります。木を切るときは一番下の枝を残して切ります。そうすればまた育っていく。採ってきた枝のうち使わない葉の部分は、挿し木にして2、3年して根っこ出てきたら、山に返します。直径6cmほどになるまでに短くても50年~60年かかりますからね。だからこそ年輪が詰まっていて硬くて粘りができる。その世界一の木を消費してしまわないように。そういう考えが暮らしぶりの根底にあるのかもしれません。
江戸時代から伝わる
世界を魅了する日本らしさ
梶浦:海外では、日本刀や漆、浮世絵版画、根付という日本の4代美術の一つとして紹介されたりします。イギリスで日本展があると、日本の伝統工芸のうち一番最初に出てくるのが根付だったりするんですよ。もともと、ほとんどの伝統工芸品は大陸から入ってきたものなんですが、根付は日本独自に進化したもの。日本独自なものって、根付や浮世絵ぐらいなんですよ。江戸文化のなかで、お洒落なものとして発展したという経緯も面白いですよね。
中川:最近では、国内よりも海外の方からの注目のほうが多く感じています。特に、アメリカやイギリス、中国の方は熱心です。アメリカでは、2010年のブックオブザイヤーに根付の本が選ばれるほど根付についての造詣が深いんです。小さな造形物のなかに物語が詰まっている、それに魅了されたのではないのですかね。2年に1回、国際根付ソサエティがあるのですが、1週間の間にコレクターが400人ほど集まってきます。
庭と根付に通じる世界観
日常から得られる視点を大切に
中川:庭と根付には、世界観を凝縮するという意味では、近いものがあるような気がします。全体を見立てて、そのなかに日本の美や粋を凝縮させる。それが根付の材料であるか、庭という空間である、というかその違いだけですから。
そのような日本らしい感性を磨くために必要なのは、自然のままでいることですかね。例えば、釣りに行ったとしても珍しい貝殻が落ちていないか、山に行ったとしても何か変わったものがないかなど、常にほかの部分にも目を配るのが大切。感性は、そういうところから、身に付いてくるものだと思います。分からないなりにいいものをたくさん見ることで、いつの間にか磨かれるものですよ。
根付のなかに込められたのは、日本らしさ。師匠と弟子、ふたりの職人。日本の伝統工芸を守り続ける職人には、忘れてはならない日本のゆかしき伝統と文化、それを支える独自の視点がありました。さまざまな文化と物語を内包しているからこそ、日本人の心を動かす作品が創られるのでしょう。
小さな根付を広い世界に見立て、さまざまな物語の世界観を切り取って映し出していくように、庭もまた、限られた空間のなかだからこそ「美」を凝縮させ、ほんの少しの「粋」を表現することで、さらに広がる世界を設えることができるのではないでしょうか。